ベトナムの産業が大きく変わりつつある。しかしながら、現在のところ、ベトナムビジネスやベトナム経済に関する議論の多くは、依然として安価で若い労働者が豊富な国であるという見方、言わば、製造拠点としての見方が大部分を占めているように見える。勿論、ベトナムが日本企業にとって有望な製造拠点であることは全く否定できない。
2010年以降、ベトナムは国内総生産(GDP)成長率+7%程度を維持しており、人口規模でも東南アジアで首位のインドネシア、フィリピンに次いで1億人程度を擁する。都市部でも平均月収は250~300USD(約2万6000~3万1500円)程度で国民の平均年齢は30代前半、識字率は95%を超え、東南アジアトップクラス。経済協力開発機構(OECD)が実施する国内的な学習到達度調査(PISA)は世界8位で、これはタイやインドネシアのほか、欧米各国や韓国、香港、中国をも凌ぐ教育水準である。
また、世界銀行(WB)が公表する政治安定度の指標では、マレーシア、タイ、インドネシアといった東南アジアの民主主義国家よりも政治安定度が高いことが示されている。さらに、ベトナムは親日感情が比較的高く、日本語を学習する学生も多い。これだけの主要な指標を見ても、ベトナムが日本企業にとって非常に有望な製造拠点先であることが伺える。
しかし、筆者は、こうした製造拠点としての枠を飛び越え、ベトナムに特化した経営コンサルティング会社ならではの視点から捉え、そこから考えられるベトナムビジネスの未来(今後期待されるビジネス領域)について展望していきたいと考える。
ベトナムに特化した経営コンサルティング会社ならではの視点とは、これまで多くのベトナム民間企業、政府機関、業界団体に携わってきたことで得られたベトナムに対する深い知見と、エネルギー、農業、IT、教育、小売業、食品加工、日用消費財、金融等の幅広い産業で日本企業の進出コンサルティングに携わってきた実務経験に基づく洞察力であり、各産業に対して横串を通した視点である。
これまで筆者はベトナム経済やビジネスに関する分析の記事を多数掲載してきたが、今後はシリーズの1つとして「ベトナムビジネスの未来:ベトナムのメガトレンドを捉える5つの産業」というタイトルで、ベトナムビジネスの未来を捉える5つの産業として、再生可能エネルギー、ハイテク農業、スマートシティ・IT、教育、日用消費財、ヘルスケアを取り上げたいと考えている。
この5つの産業を捉えることで、ベトナムを製造拠点としてだけでなく中間層が拡大する消費市場としての見方、マクロエコノミクスの変化、所得水準向上に伴う消費者嗜好の変化、持続可能な開発とベトナム産業の発展の関係性(クリーンエネルギー、気候変動、教育など)、ITや人工知能(AI)を中心とした技術革新といった今後本格的に起り得るベトナムビジネスの環境変化を俯瞰的に捉えることが可能であると自負している。以下に6つの産業について、簡単に説明を行う。
1.再生可能エネルギー
ベトナムは東南アジア地域の中でも特に太陽光、風力エネルギーに恵まれた国である。特に中部から南部にかけて日射量が良好で、沿岸部は風況の条件が良い。また、農業と林業が盛んなベトナムでは稲わら、もみ殻、サトウキビ残渣、木質ペレットなど多種多様なバイオマス燃料が多く存在しており、アクセスが容易である。また、将来的な電力不足の深刻化が指摘されている南部は気候条件やバイオマス燃料へのアクセス性から見て良好な条件が整っている。
ベトナム政府は再エネ開発に積極的な方針を掲げており、国内の電源構成比に占める再エネ電源の割合を7.2%(2018年実績)から2030年計画で21.0%まで引き上げる計画だ。今後も電力需要が伸びていくことは確実であり、ベトナムは東南アジアの再エネ大国となる可能性を秘めている。
2.ハイテク農業
ベトナムでは人口約1億人のうち、4割近くが農業関連の仕事に従事しており、GDPに占める農林水産業の割合は15%程度にも及ぶ。これは日本のGDPにおける農林水産業の構成比1.2%(2018年)と比較すると、非常に高い数値だ。そもそもベトナムは世界的な農業大国の1つであり、コーヒー、コメ、カシューナッツ、コショウ、ライチ、天然ゴムの生産量・輸出量はトップクラスである。
しかし、低品質かつ低収量、未熟な加工技術、コールドチェーンの未整備といった農業開発に関わる課題は依然として残されており、特に農産物のバリューチェーン構築は将来的な改善の余地が大きい。ITソリューションの活用、機械化の推進によるハイテク農業の開発は、ベトナムの農業開発を新たなステージへ引き上げることになるだろう。
3.スマートシティ・IT
経済発展、工業化に伴い、ベトナムでは都市化が急速に進んでいる。国連の統計によれば、毎年100万人が農村から都市部へ流入しており、都市化率(都市部に住む人口の割合)は2020年予測で33.6%、2050年予測で53.8%まで進むとみられている。2045年には都市部と農村部の人口が逆転する見込みだ。
都市化が引きおこす様々な問題はベトナムに限らず、世界的な問題であるが、ベトナムも今後都市化に付随する様々な課題に直面していくだろう。例えば、交通渋滞、環境汚染(排ガス、排水)、廃棄物処理といった衛生問題、自然災害対策(洪水、大雨、台風、干ばつ)などだ。
こうした他分野にわたる課題に対して、ICTの活用を通じたスマートシティの開発を進める動きが政府、民間企業の間で近年になり広がっている。現在、ベトナム全国の30以上の都市でスマートシティに関するマスタープランが策定され、ハノイ市、ホーチミン市、ダナン市は特にスマートシティ建設を進めている。日系企業も総合商社や不動産、情報通信に関わる企業がベトナムのスマートシティ開発に積極的に参画している。
4.教育
ベトナムでは、経済発展に伴う所得向上から教育に対する支出が拡大しており、学校教育だけでなく、塾や語学学校のニーズが高まっている。ベトナムは特に教育に対する意識が高い国と言われており、教育に関する消費支出の割合は6%程度と、ほかの東南アジアを比較しても割合として高い。また、人口の多くは若い世代であり、今後の中間層拡大に合わせて、市場が大きく成長すると見込まれている。
日本のベトナム人留学生は2020年時点で7万人以上に及んでおり、多くの優秀な学生が日本に留学していると考えられる。こうしたトレンドのもと、教育・人材に関わる分野で教育コンテンツ作成、E-Learning(日本語)、特定技能の管理、企業向け社員研修といった産業が成長していくものと見込まれる。
5.日用消費財
ベトナムは今後、消費市場として日本企業にとって有望な進出先となるだろう。ベトナムの1人当たりGDPは2000年時点ではわずか400USD(約4万2000円)に過ぎなかったが、2014年に2000USD(約21万円)台を突破し、2021年~2022年頃には3000USD(約31万5000円)を上回る見込みである。
一般的に1人当たりのGDPが3000USDを超えると、国民の自動車や家電、家具といった耐久消費財の購入意欲が急速に高まると言われており、日用消費財や嗜好品への支出が今後急速に増加していくものと思われる。食品、飲料、嗜好品、日用品、化粧品、アパレル、フットウェア、スポーツ用品、健康食品、OCT医薬品、文房具などが代表例として挙げられる。
また、所得水準の向上により、ベトナム人のライフスタイルも変化しつつあり、消費者嗜好も急速に変容している。概して言えば、ベトナム消費者は価格よりも品質や安全性、信頼性を以前にも増して求めるようになっており、高品質な製品を売りにする日系企業にとっては参入機会が大きい分野になることは間違いない。
5つの産業に関する概要の説明は以上であるが、今後、このシリーズ(ベトナムビジネスの未来:ベトナムのメガトレンドを捉える5つの産業)では、上記の5つの産業について深堀して分析を行い、詳しく解説していきたい。この5つの産業というレンズを通して、ベトナムビジネスの未来に対する解像度を高めていくことがこのシリーズのコンセプトである。今後、定期的に記事を掲載していくため、読者の皆様におかれては、定期的にご覧いただければ幸いである。
Source: https://www.viet-jo.com/news/column/201022113540.html